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東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)6300号 判決

被告人 真久田正 外二名

主文

一  被告人三名をそれぞれ懲役八月に処する。

二  被告人三名に対し、この裁判確定の日からいずれも三年間右刑の執行を猶予する。

三  被告人三名から、押収してある爆竹片二八グラム(昭和四七年押八八四号の四)およびビラ七枚(同号の九、一二および一五)をいずれも没収する。

四  訴訟費用は被告人三名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、いずれも沖繩青年同盟に所属するものであるが、いわゆる沖繩返還協定の批准に反対する意図をもつて、右協定が審議される第六七臨時国会の衆議院本会議の議事を妨害しようと企て、共謀のうえ、

第一  昭和四六年一〇月一九日午後零時三〇分ころ、東京都千代田区永田町一丁目七番地所在の衆議院傍聴人入口から、前記議事妨害の目的で、予め用意した爆竹数個(昭和四七年押八八四号の四はその破裂後の残滓の一部)、日本手拭よりやや大きめの白布に「批准国会粉砕!第三の琉球処分粉砕、沖繩青年同盟行動隊」とマジツクインキで書き入れた横幕一枚(同号の八)および縦横それぞれ約六センチメートル、一一センチメートルの沖繩返還協定批准阻止を呼びかけるガリ版刷りのアジビラ数枚(同号の九、一二および一五はその一部)等をかくし持つて、同議院本会議場傍聴席に立ち入り、もつて同議院議長船田中管理にかかる同院に故なく侵入し、

第二  同日午後一時一五分ころ、折から本会議開催中の右衆議院議場において、内閣総理大臣佐藤栄作の所信演説が行なわれている際、同所傍聴席において、被告人真久田において前記爆竹を数回連続して鳴らし、前記横幕を取り出して両手で拡げるとともに、大声で「沖繩返還反対」と叫び、次いで、被告人本村において、同様爆竹を数回連続して鳴らし、更に、被告人島添も前記アジビラを撒布し、大声で叫ぶなどし、よつて、右議場を一時騒然たる状態に陥れて議事の進行を阻害し、もつて、威力を用いて衆議院の業務である会議を妨害し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(主たる争点に対する当裁判所の判断)

第一建造物侵入について

弁護人は、被告人らの国会内部への立ち入りは、その目的において違法といえないのみならず、一般傍聴人として正規の手続を経て入場したもので、立ち入りの態様においても平穏であるから、建造物侵入罪の構成要件には該当しないと主張するので判断するに、建造物侵入罪は、看守者の意思に反して正当な理由なくその建造物に立ち入ることによつて同罪が成立すると解すべきところ、(証拠略)によれば、衆議院の傍聴人は一般傍聴人と議員紹介の傍聴人に分けられ、被告人らは一般傍聴人として衆議院本会議場の傍聴席に立ち入つたものであるが、一般傍聴人が衆議院本会議を傍聴するためには、まず、傍聴を希望する者において、衆議院面会受付所にある傍聴人受付で先着順に傍聴券の交付を受け、傍聴人参観人入口から入り、衆議院傍聴規則掲示板の前を通り、傍聴人参観人の所持品検査所において、持込禁止物を荷物預り所に預け、警察官の身体捜検を受けた後、傍聴人控室から本会議場の傍聴席に至るものである。ところで、右傍聴券および掲示板に表示の衆議院傍聴規則には、その七条において、衆議院規則二二九条を受け「銃器その他、危険なものを持つている者、酒気を帯びている者その他取締上必要があると認める者は傍聴席に入ることができない。」と明記されているほか、前記の傍聴人参観人の所持品検査所には、とくに傍聴席への携行品を「財布、時計、眼鏡、手帳、ちり紙等」に限定する旨の掲示をするなどの方法により、衆議院の管理権者である衆議院議長において、国権の最高機関である国会の機能に鑑み、議事妨害を目的とするような立ち入りを明示的に厳に禁じていることが明らかである。

してみれば、被告人らが判示認定のように沖繩返還協定批准に反対する一手段として、衆議院本会議場において爆竹を鳴らし、大声で叫び、ビラをまく意図のもとに、一般傍聴人を装い、巧みに爆竹や横幕、ビラ等を隠し持つて国会内に立ち入つた行為は、被告人らがいかに一般傍聴人と共に正規の経路を経て衆議院本会議場に至つたとしても、衆議院の管理権者である衆議院議長の前記明示の意思に反したものであることが明らかであるから、被告人らの右所為は建造物侵入罪を構成するというべく、また、仮に、所論の主張するように、目的が違法であることおよび立ち入り行為の態様が平穏を欠くことが建造物侵入罪成立の要件であるとの見解に立つとしても、前示の如き議事妨害を目的とした被告人らの本件衆議院議場への立ち入りが、その目的において違法であることは勿論であり、また、被告人らはその際、右目的のもとに一般傍聴人を装い、爆竹等を隠し持つて議場に立ち入つた事実に徴すれば、右立ち入りの態様が平穏といえないことも明らかであるから、弁護人の右主張は結局理由がない。

第二威力業務妨害について

一  弁護人は、判示第二の威力業務妨害の客体は国会衆議院本会議の議事であるが、それは非現業的公務であるのみならず、国家の統治権に基づく優越的意思の発動たる作用であつて、まさに支配的権力的公務にほかならないし、また、これに対する妨害に対しては、議長の補助機関である衛視等によつて自力でこれを排除する自力執行力を与えられているから、衆議院本会議の議事は威力業務妨害罪による保護の対象とはならないと主張する。

よつて考察するに、本件威力業務妨害の対象である衆議院本会議の議事が公務員によつて行なわれる「公務」であることは明らかである。ところで、およそ公務のうち、いわゆる権力的作用を行なう職務(以下、単に権力的職務と称する)については、その執行に際し、これを受ける側から抵抗されることがあるのは、当然予想されるところであるから、かかる職務の執行に従事する者に対しては、法が自ら右抵抗を排除してまで執行を遂げる権能すなわち自力執行力を付与している。したがつて、右抵抗が暴行、脅迫の程度に至らない威力に止まる限りは、自らこれを排除すれば足り、敢えて刑罰を科する必要はないので、かかる職務は威力業務妨害罪の客体たる「業務」から除かれていると解することができるのに反し、公務のうち非権力的職務、すなわち、直接私人に対し命令、強制を現実に加える以外の職務については、これに対する妨害が暴行・脅迫の程度にいたらない、たんなる威力によるものであつても、その職務には性質上、自力執行力が付与されていないから、一般民間企業における業務と同様、刑罰による保護の必要性があると解することには合理性が認められ、かつ、最高裁判所大法廷判決(昭和四一年一一月三〇日言渡刑集二〇巻九号一〇七六頁以下)の趣旨にも合致するものと考えられる。

そこで翻つて、本件の衆議院本会議の議事が、右にいわゆる権力的職務と非権力的職務のいずれに属すると解すべきかについて検討するに、なるほど、国会の会期中は、議長は議院の紀律を保持するための内部警察権を有し(国会法一一四条)、議長は必要に応じて警察官の派出を要求し得るほか(同法一一五条)、議員以外の者が議院内部において秩序をみだしたときは、議長はこれを院外に退去させ、必要な場合は、これを警察官庁に引渡すことができる(同法一一八条の二)とともに、その執行については、議長が衛視および警察官を指揮してこれにあたらせることとされているから(衆議院規則二〇八条)、議院内部における妨害は一応衛視等によつて排除することが可能であることは、弁護人所論のとおりである。したがつて、右の内部警察権に基づく執行は、衛視等が現実に強制力を行使し、かつ、これに対する妨害も自ら排除することができるから、衛視等の職務については、これを権力的職務であると解することもできるが、しかし、右衆議院本会議の議事については、それ自体現実に強制力を行使することを内容とする職務でないことは明白であり、たとえ、それが国家の統治権に基づくものであつても、その態様においては一般社会の会議となんら異なるところはないのである。また、法が右のように議長に内部警察権の権限を付与したのは、国会が国政を議する国権の最高機関であり、言論の府であることにかんがみ、院内の紀律保持の観点から、たんに妨害排除機能を認めたにほかならず、これをもつて法が衆議院本会議の議事自体に自力執行力を付与したと解することはとうていできない。したがつて、衆議院本会議の議事自体は非権力的職務に属するものというべく、これに対する暴行・脅迫に至らない程度の妨害は威力業務妨害罪を構成すると解するのが相当である。

二  次に、弁護人は、判示第二記載の程度の被告人らの議事妨害行為は、威力業務妨害罪の「威力」にはあたらないと主張するので、この点について考察するに、同罪を定めた刑法二三四条にいわゆる「威力ヲ用ヒ」とは、客観的にみて人の意思を制圧するに足りる勢力を用いることをいうものと解すべきところ、被告人らは当時静粛裡に総理大臣佐藤栄作の所信表明演説が行なわれていた衆議院本会議場の傍聴席において、判示第二記載の如く、突如として相次いで爆竹を連続して鳴らし、大声で叫び、アジビラを撒布する所為におよんだものであり、現にその結果、右演説は一時中断され、議場の議員らも傍聴席を振り返えつて立ち上がり、傍聴席の傍聴人も相当多数の者が立ち上がるなどしたという事実が認められるから、被告人らの右の所為が人の意思を制圧するに足りる勢力の行使にあたることは明らかというべく、弁護人の主張はこの点についても理由がない。

第三可罰的違法性について

弁護人は、被告人らの本件各所為の目的は、国会審議の物理的妨害や議事を混乱に陥れることにあつたのではなく、被告人らとしては、沖繩の歴史が徹底した差別と収奪のもとに貧困と屈辱を強いられて来た歴史であり、沖繩返還協定の隠された真の意図は、これを契機として沖繩を日本の国内植民地化しようとするものであるから、同協定は不当であるとの認識を抱き、これに反対する沖繩県民の意思を顧みようとしない日本国民に対する抗議の意思を表明し、心ある人々に対し被告人らとともに決起し右協定を粉砕するように呼びかけることが目的であつたのであるから、被告人らの本件所為はその目的において正当というべきであり、これに用いた手段は、爆竹、横幕、ビラなど、すべて思想表現の手段として相当なものであり、傍聴人はもとより衛視に対してもなんら有形力は行使していない。また、その影響や結果をみても、被告人らの行為によつて、総理大臣の所信表明演説が一時中断し、傍聴人が立ち上がり、議場の議員がふりむいたという程度にすぎず、却つて被告人らは大声をあげたものの忽ち衛視に取押えられたのであつて、その影響および結果は軽微である。しかも、沖繩のこれまで置かれて来た歴史的事情を無視し、沖繩県民の発言を一切封じ、将来においても封じようとしたことに対して、やむを得ずとられた行為であるから、被告人らの本件行為は可罰的違法性がないと主張する。

よつて判断するに、沖繩返還協定に基づく沖繩の本土復帰については、被告人らが弁護人主張のような事実認識のもとに、これを不当と考え、右返還協定の批准に反対すべしとの政治的意見を表明し、国民に訴えようとすること自体は、もとよりなんら違法視されるべきものではない。しかし、その手段、方法に制約のあることはこれまた当然である。

これを本件についてみるに、被告人らは、判示認定の如く、爆竹や横幕、アジビラ等を準備したうえ、一般傍聴人を装つて衆議院本会議場に侵入し、内閣総理大臣の所信表明演説が行なわれている最中に、判示第二に認定の如き行為に出たものである。ところで、いうまでもなく、法秩序を守り、これに従つて行動することは民主々義の根幹であるが、国会は国権の最高機関として国政を議する場であり、神聖な言論の府であることにかんがみ、同所における傍聴人に対しては特に静粛を旨とすべきことが強く要求され、いやしくも議事の妨げとなるような言動は厳に禁じられているところ、被告人らはこれを無視し、爆竹を連続して鳴らし、大声で叫び、横幕を拡げてアジビラを撒くなどの行為に出たものであるから、その手段、方法が社会通念上容認される相当性を著しく逸脱しており、法秩序に違反する違法なものであることは明白である。また、その影響および結果についても、前記第二の二で述べたように内閣総理大臣の国会における所信表明演説を一時中断させ、本会議の議場を騒然とさせたのであるから、それが必ずしも軽微であるとはいい難い。

以上の事実を総合すれば、当時、沖繩の本土復帰については、弁護人主張のような事実認識のもとに、これを不当として反対する意見を持つ者が沖繩県民のなかにある程度存したことが窺われることや、被告人らが沖繩出身者であることを考慮したとしても、なお可罰的違法性がないとはいえないこと明らかである。

(法令の適用)

一  被告人三名の判示第一の所為はいずれも刑法六〇条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律六一号による改正前のものを適用)に、判示第二の所為はいずれも刑法六〇条、二三四条、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律六一号による改正前のものを適用)に該当する。

二  右の建造物侵入と威力業務妨害との間には手段結果の関係があるので刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、被告人三名に対し所定刑中いずれも、懲役刑を選択する。

三  被告人三名に対する刑の執行猶予についてはいずれも同法二五条一項を適用する。

四  被告人三名からの没収については同法一九条一項二号二項を適用する。

五  訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人三名に連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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